満退者の素浪人日記

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help リーダーに追加 RSS ウサマ・ビン・ラディンの息子 カタールへ

<<   作成日時 : 2008/11/12 00:09   >>

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 アルカイーダの首謀者で、現在アフガニスタンないしはパキスタンに潜伏しているとされるウサマ・ビン・ラディンの息子であるオマル・ビンラディン氏(28)が、各国に亡命申請を行うもことごとく拒否され、現在カタールに滞在している模様だ。


 オマル・ビン・ラディン氏は、ウサマ・ビン・ラディンの19人の子供のうち、の最初の妻の4番目の子供。サウジアラビア生まれで、サウジアラビアのパスポートを持っているところから、サウジアラビア国籍が認められているようだ。父親とはスーダンやアフガニスタンのキャンプで10年間一緒に暮らしたことがあるが、9.11テロが起きる前年の2000年、20歳のときに分かれて以来、再開してないそうだ。オマル氏は、父親のテロ活動について「反対」の立場をとっているため、アルカイーダのシンパから狙われているとされ、亡命を希望している。彼の動きを追ってみよう。


 今年になって亡命の動きをみせており、まず、イギリスに定住ビザの申請を行ったようだ。しかしながら、イギリス政府はこれを拒否。すると、オマル氏は妻と共に11月3日、スペインのマドリードの空港に現れた。夫妻は、エジプトに生活拠点があるそうで、マドリードへは、カイロからモロッコへ移動する際の経由地だったという。オマル氏は、ここマドリードでスペインへの政治亡命を求めた。オマル氏夫妻の亡命の意思表示は3日に出され、亡命への正式な手続きは4日に行われた。スペイン内務省は、オマル氏夫妻の身柄を保護しつつ、UNHCRに対して夫妻の扱いについて助言を求めた。すると、UNHCRは「申請却下」の助言を行った。これを受けたスペイン内務省は8日、亡命申請を正式に却下、同日エジプトへ強制送還された。


 ところが、8日にエジプトに戻ったところ、今度はエジプト政府から国外退去処分を受けてしまった。エジプト政府がここにきて、急遽夫妻の入国拒否の判断を下した理由は、今ひとつ不明確である。身の回りのものがエジプトにある夫妻にとって、「我が家」に帰れないのはショックのようで、妻は「困ったこと」とマスコミに語っている。そんな中、カタール政府がオマルし夫妻の受け入れを申し出る。これを受けて夫妻は、明けて9日にカイロを出発し、同日カタールのドーハに入った。


 ここでカタールの「立ち位置」を確認してみよう。カタールはアラビア半島からペルシャ湾に突き出た小さな半島の国で、三方を海で囲まれているが、唯一の陸続きの国が、オマル氏が国籍を有するサウジアラビアである。国際政治上は、サウジアラビア寄りというよりも、アメリカ寄り(もちろん、対イスラエル政策まで追従しているわけではない)である。実際、カタール国内に、アメリカ中央軍第3軍の中央軍陸軍司令部(ARCENT Qatar)の駐留を認めている。


 カタールがオマル氏夫妻を受け入れた理由は何であろうか。もちろん、人道的な理由もあるだろうが、政治的な理由もあるだろう。アルカイーダのシンパから狙われているとされる夫妻の安全を保障することによって、カタール自体の安全性をアピールすることも出来るし、あるいは「反テロ」のアピールもできよう。また、オマル氏本人がサウジ行きを希望した場合、サウジとは隣の国であるためにアクセスはしやすく、交渉ごとを行うにも都合がいい。


 カタール政府が、オマル氏夫妻を国際政治のカードにする意図があるのかどうかは不明だが、アルカイーダと国際テロの舞台に、カタールが新しい形で絡んできたことは事実だろう。




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